私はヤクザを肯定するつもりもないし、仲良くなるつもりも全くありませんが、ヤクザという組織は「必要悪」だと思っています。もともとヤクザというのは「世間」の中で生きていくことができない人達が拾われ、一般市民とは別世界で生活することにより、私たちはそんなヤクザな人達と、ある意味「隔離」され安心して暮らせる部分があったのではと思います。
ところが、暴力団を排除しようという空気が活発化し、暴力団が解体され、どうしようもないヤクザ達が散らばり、「世間」に交わらないと生活ができなくなってしまった。それまでは風俗とかヤミ金融とかぼったくりバーとか、健全な市民が回避しようと思えばできていた内容の商売だけでは儲からなくなり、オレオレ詐欺などのように、健全な市民が無差別的に被害を受けるようにになってきたのではと。(まあ中には「当たり屋」とかちんまいことしかできない人は前からいただろうけど)
そんなふうに、世間とまじわることができない人達を吸収してくれていたヤクザ組織は、昭和時代まではまだ悪いやつらなんだけど、今ほど悪者扱いはされていなかったかと思います。例えば、町内会のお祭なんか、お葬式でもないのにおそろいの黒スーツの団体さんがうろついていたりしていましたし、刺青なんかでも今のようにファッションで気軽に、という感じではなかったので、こういう世界から足を洗った人は子どもとプールや銭湯に行くことはなかったし、ヤクザはヤクザでわきまえていたというか。
でももう今はダメですね。前大嶽親方(元関脇・貴闘力)が野球賭博問題で辞めちゃいましたけど、昭和時代までだったらここまで大騒ぎにならなかったと思いますし、そもそもマスコミも取り上げたりしていなかったんじゃないかなと思います。
もう一度断っておきますが、私は暴力団を肯定しているわけではありません。ただ、私は貴闘力のファンだったので残念なのです。
現役時代は、ツッパリがとても強いお相撲さんでしたが、弱点は廻しをとられて組まれてしまうことでした。なので廻しをキツキツに締めていて、相手に廻しを取らせにくくしていました。最近のインタビューでも「土俵の上に上がるときは死ぬ気でいた」とおっしゃっていたように、花道の奥からもう闘争心が湧き出ていましたし、土俵の上ではたとえ相手が横綱であったとしても、ものすごい睨み付け方をしていました。
プライベートでは、大鵬親方のお嬢さんと結婚され、奥様はかなり若くに結婚されていましたが、10代のころからおかみさんとして立派に支え、お子さん達も相撲に励むような素晴らしい家庭だったのに、今回のことで離婚することになってしまって、残念としかいいようがありません。
相撲はこれからどうなっていくんでしょうね。NHKの中継取りやめは私は納得できません。今の大変な時期だからこそ、放送して、ありのままを見せるべきではないかと。
・・・っていうか、ダイジェストとかじゃなくて、民放でいいから放送してー。
written by ともこ 2010/07/07(水)
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先日、ニュースを見ていましたら、子どもの貧困問題は深刻で、給食以外の食べ物は与えられないために体調をくずし、保健室に駆け込む小学生が映っていました。単純に、「その子、かわいそう」って思いました。
「子ども手当」を所得にかかわらず、全ての子どもに支給されるようですが、初年度の1万三千円をもらったとして、その親がちゃんと子どもに食べさせるのかなという疑問は残ります。
1万三千円を全て子どもの食費に当てるならば、一日あたり400円の食事を与えることができます。400円だったら、少なくとも「空腹」を満たすことはできるでしょう。給食もあるし、パン+卵くらいは朝に食べてこられるよね。でも、それをこの子の親がしますか?ということです。
結婚してすぐ、私は「一体どこまで節約して生活ができるだろうか」ということを思い、やってみることにしました。給料とは関係なく、住居費をのぞいた生活を10万円以内でやってみようと。まだ夫婦二人でしたが、食費や光熱費、新聞代、雑費、夫の小遣い○万円なども入れて、全てを10万円以内でするというのはけっこうすごいと思います。結果、8万円以内で生活できました。住居費7万円以内で住める所を選べば、夫婦二人なら月に15万円以内で生活できることになります。
何ヶ月か続けてると、慣れてくるし、楽しみ方も分かってきます。もちろん、初めから給料が少なくてするのと、私のように
夫の給料はわりとある状況で、趣味とか実験みたいな感覚でするのでは精神的なしんどさというか、「切羽詰った感」は違うでしょう。それでもいちおう
物理的には低予算でも生活できるということを実感できたので、私にはこの先どんなことがあっても大丈夫、という自信があります。
で、私はこれをすることができましたが、「じゃあ、あなたにもできるわよ」って言うことはできません。なぜならば、人によって「生活能力」が違うからです。私には「生活能力」がそこそこありました。もうちょっとゼイタクするようになった現在だって、頭の中ではゼニのことばっかり考えて生活してますので(やらしいやろ〜)、日々鍛えられていると思います。しかし全ての人に「生活能力」があるわけではありません。
知人で「夫の年収は決して低くはないのに、お金がたまらない。月末になったら苦しい」となげいた人がいました。彼女も「児童手当がもらえない」と言っていたので夫の年収は800万円以上あるんでしょう。しかし彼女は真剣に悩んでいるわけですから、「えー、そんなにあるんだったら余裕でしょ〜っ!」っていう世間一般の反応は全く効果ありません。夫の「経済力」があっても、彼女には「生活能力」がないのです。
例えば学生時代の学校での成績。教科書を一度読んだだけで全部頭に入り、塾や家庭教師に頼らなくても現役で東大に受かる人もいれば、どんなに頑張って勉強しても、底辺大学にさえ受からない・・・これはその人の「能力」がないからです。「努力」が足りないんじゃなくって「能力」がないのです。「能力」のない人に「私は教科書を一度読んだだけでいつも100点が取れてたのよ。だから、あなたにもできるわよ」と言ったところでムリなはずです。
生活もそうです。「ウチでは夫の手取りは18万円だけど、子ども2人の四人家族で楽しく生活できていますよ。その倍以上はもらっているあなたが生活できないはずがない」と言ってもムリなんですよ、彼女には。
とはいえ、全く希望が持てないわけではありません「能力」は「努力」で上げることができます。それにはまず、「やり方」を知る必要があります。「能力」がない人の多くは「やり方」を知らない人が多いでしょう。「やり方」を知れば、「能力」を上げる方法を知り、最終的に「能力」を上げる可能性が出てきます。ただし、あくまで可能性が出てくるのみです。「やり方」を知っても、それを実行できるかどうかはやはりその人の「能力」にかかっています。しかし可能性を与えるだけでも、少なくとも希望は持てます。
これで勉強ができますよ、と言ってノートとペンを与えたとしても、本人がその使い方を知らなければ、ただのラクガキ帳として使ってしまうでしょう。そして案外それは本人としては遊んでいるつもりではなく、一生懸命何かをしようとした結果がラクガキ帳になってしまっていたということもあるのです。ですからそのノートとペンを渡すと同時に、使い方を教えてあげなければなりません。
「子ども手当」を支給するのも良いでしょう。現金が手に入れば少しは「経済力」がつきます。ただ、それを有効に使える「生活能力」も同時につくということとは、別問題です。
思うんですけど、やれ○○手当だの○○給付金だのと、いかにも救済してます感のお金を配布するのはいいんだけど、「生活能力」をつける「やり方」も教えてあげんといかんのとちゃうかな〜。
・・・まあ、とりあえず、わたしとしては「子ども手当」に所得制限を設けないみたいなので、よかった〜って感じ! それと、岡田さんがやっぱりかっこいいのでなんでもいいわ。
↓この写真も好き。
written by ともこ 2009/12/22(火)
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私はバリバリの保守な人なので、今年の夏にあった選挙では当たり前のように自民党に入れました。「チェンジ」とか言ってるけど、べつに今のままでいいじゃーん、日本は平和だしー、とかそんな感じ。
結果として民主党が勝って、政権も民主党に移りましたが、私はいつまでも「えーっ、民主ぅ〜、?!」とかグチグチ文句言うだけのは好きではないので、今は民主党を応援したいと思っています。人相が悪い小沢さんが、「ただ政治家にブーブー文句言うだけじゃダメだ、国民自身が動くのが大事だ。」みたいなことをテレビで言ってたのを聞いて、これにはとても共感できました。
例えば学校教育のことでいうと、保護者が「学校が何もしてくれない」とか「先生がなんたらかんたら」とか文句言ってるだけでは、あまり成果は期待できないでしょう。先生がたや保護者達とのコミュニケーションをうまく取っていき、建設的に話し合い、そして自分達も行動していくこと。「人任せ」だけでは何もよくなりません。
そうそう、教育といえば、「子ども手当」がマニフェストの目玉政策となっているようですが、私はこれに大いに期待しています。子ども1人につき月に2万いくらか渡すというものだそうですが、一部では「年収1000万円以下に限定すべき」とかわけのわからんことを言って「困っている人を救うべき」みたいな勘違いをしている人がいますが、「子ども手当」の目的から言って、この理論はまったく方向違いであると思います。
なぜならば、「子ども手当」の目的は「貧乏人対策」ではなく、「少子化対策」だからです。
初めから「貧乏人対策」ということであれば、所得制限はいるかもしれません。しかし、それで言うと、月に2万いくらかというのは多すぎだとは思いますが。だって年間二桁万円の差になるわけでしょう。それはないわー。
現在、子ども1人につき5000円がもらえるという「児童手当」というのがあります。これには所得制限があって、専業主婦のお母さん+子ども1人の家族だったら、お父さんの年収が800万円くらいまでの家庭に支給されます。ちなみに我が家はそれ以上あるので、児童手当をもらうことはできません。当然、「もらえるものは欲しい」という「金銭欲」はありますけど、まあ考えてみたら給食費を払うほど困ってるというわけではないので、これはもらえなくても仕方がないな、という気持ちで納得しています。この理屈でいうと、公立の小学校では給食費等は1人5000円くらいのところが多いと思いますが、「児童手当」をもらっている以上、「給食費を払うお金がない」という言い訳はなりたたないはずなんですけどね。
それはそれとして、「少子化対策」であるならば、「子ども手当」の所得制限は納得できるものではありません。というか、私としたら、月に2万いくらかでも足りないくらいで、
最低5万円かな〜っていう感じです。
子どもに使うお金というのは食費や住宅費(せまいところには住めないでしょ)など、生活で必要なお金のほかに、習い事や、私立の学校に行くの場合は授業料が大きくかかります。これが本当に大きいんですよね〜。
幼稚園なんかでいうと、公立の場合は月謝も1万円以内でいけるそうですが、私立幼稚園に通わせて3つくらいお稽古事をさせたら、それだけで月に数万円はかかります。それだけじゃなくって、幼稚園で「△△に行きますから交通費を徴収します」とか「○○を購入しましたので、個払いをお願いします」とか、お稽古事だったら「発表会に出る人は1人1万5千円を納めてください」とか、テキスト代だったり、衣装代だったりで、ちょこちょこと(でも金額はちょこっとではない)が必要になってきます。私立の小学校に進んだ人はもっとすごくて、私立の授業料なんか幼稚園のときより多くなるし、中学受験をするなら塾代もかかってきますので、考えたくないような金額になってるでしょう。
子どもを通わす場所を考えるときに、親の就業形態などで選ぶ「便利さ」か、授業料などの経費で考えて「安さ」で選ぶか、「内容」で選ぶかは人それぞれだと思いますが、私の場合は子どもの個性にあったところで選ぼうと思っていて、幼稚園の時はそれがたまたま授業料の高いところだったので、すごいかかってました。うちは一人っ子だからまだ良いけど、3人のところなんかは、月に最低15万円はふつーに出て行く教育費にかかっていることになり、いくら年収がよくっても、それだけ支出があるならば、お金があまり残らないくらいは計算をすれば誰でも分かるでしょう。
色々比べて見て、「そこの公立に入れたい」と思った人はラッキーだと思います。ウチは、小学校はそのパターンで、近くの公立小学校が気に入ったので私立小学校の受験はさせませんでした。今は月々に集金される給食費と教材費くらいなので助かってます。でもまた中学受験とかの時期になってきたので、民主党が言ってる「子ども手当」がもらえるようになると、塾代に使えるので助かるな〜と思ってます。
ウチの場合は二人目は授からなかったし、私の年齢的に二人目をという気持ちはもうないのですが、もし私が今より若くて、月々にいくらかがもらえるとなると、2人目、3人目をもっともっと前向きに考えてるだろうなと思います。
それはそうと、私は今回の内閣、外務大臣の岡田さんがダンディで素敵なのでとても良いと思います。
だいぶ前の雑誌の表紙だそうですが、この写真なんか、ぜったいカッコイイでしょ!!
written by ともこ 2009/11/17(火)
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少し前の新聞でみかけたのですが、ペットの数よりもこどもの数のほうが少ないんですってね。
私なんかは、犬とか猫とか、そういうのがとても苦手なので、動物と子どもを比べるっていうこと自体がどうも。
息子がまだ赤ちゃんだったときに、犬を飼っている人から「ウチの子(犬)も、一緒よ〜。興味のあるものは、すぐに口に入れるでしょ〜。ほんと、好奇心旺盛ですよね〜」みたいなことを言われたりしましたけど、なんなんですか。一緒にしないでくださいよ、まじで。
まず、ペット飼ってる人って、すぐウチの「
子」って言うけど、「犬」でしょうが、
「い・ぬ」!あーもう、イラっとするわ〜。
ペットは
寄生虫の媒体者に見えてしまう私にとって、人間の子どもを、犬とか猫とかと比べたり、同じように語られるのにはかなり抵抗があります。少子化は少子化、ペットはペットだと思いますよ。
【“子どもよりペット”の続きを読む】
written by ともこ 2009/06/01(月)
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