子どもの夏休みが終わり、今日から学校が始まりましたが、通常の授業は明日からなので午前中には帰ってきました。帰宅後は休憩もそこそこに、明日から始まる授業の用意をしなければならないのですが、まだまだ頼り無いので私も一緒に忘れ物がないかどうかを見てやらねばなりません。勿論、少しずつでも「自分ひとりで」できるようにならないといけないわけですし、「○○忘れているけどー」と口出ししたいのをガマンし、でもずっと黙っていては忘れたままなので最終的には注意をしたりと、その辺りの時間が私にとっては「辛抱」の時間でもあります。先に言ったら早く終わるんですけどねぇ。「口うるさいオカン」になってしまったほうがラクなのかもだけど。
そんな感じで高学年くらいになったら親はあまり見なくてもいいのかな、まだ暫くは手がかかりそうな子どもですが、今しかできないことなのだからと思いなおしたりしています。
今はまだまだちっちゃくて、すごくカワイイ息子なんですけど、あと何年かしたら
ヒゲとか
声変わりとか
スネ毛とか
ワキ毛とか
ハラ毛とか
耳毛とか、どんどんオッサンになっていくと思うと悲しい・・・。それだけじゃないわ、今はちっちゃな
シメジくんだって
椎茸くらいになってくるのかと思うと・・・いやいや、それどころか
オ○ニーとかぜったいゆるされへんわっ!・・・え〜ん、え〜ん。。。シクシク。。。。。
まあでも、そういうことも大切なことですし、高学年のお母さんと話をしていたら、やっぱり子どもは段々と興味を持ってくるとのこと。最近なんか、テレビとか色んなところから情報が入ってくるもんだから、意味もよく知らないまま「セックス!」とか「ヴァ○ナ!」とか言う子もいるんだって。
そう言えば、ウチの子が3、4才くらいの時かなぁ、「男の子」と「女の子」が違うということに気付いたというか、アソコの形状が違うのがものすごく不思議だったみたいで、「どうしてお母さんのおチンチン(うちの子は陰部をこう呼んでいる)と、お父さんのおチンチンはちがうの?」とか、「お父さんとお母さんのおチンチンには、どうして髪の毛が生えているの」とかよく聞いてきた時期があります。
で、ウチのダンナが子どもと一緒にお風呂に入ったときに、「お父さんのおチンチン」にものすごく興味を持っているようだったので、「さわってみる?」と言って触らせてあげたみたいなのですが、それですんなりと納得したみたいで、それ以降、おチンチンについてはあまり聞いてこなくなりました。ちなみに私のほうのは「女の人のはとても大切にしないといけないんだよ」といったら、納得していたみたいです。
説明のしかたとか、どういう風にどこまで話したらいいのかなぁ〜と思っていたのですが、子どもなりに納得すればとりあえずは一件落着かなと思っています。ヘタに隠したり、恥ずかしそうにして逃げるのが良くないかも。「子どもがその子なりに納得する」のが大事というか。でも、子どもって、大人がちゃんとマジメに説明してあげると、理論とかはまだ分からなくても、案外納得するもんなんだなぁと思いました。
そうそう、高学年くらいの複雑な性教育については、男の子の場合はお父さんに任せるんだって。うちもそうしよう。まあ普段から、即答に困ったときには「お父さんに聞きなさい」とかなんとか言ってその場をしのいでいるけど。「困ったときのお父さん」ってかなり便利です。
written by ともこ 2008/09/02(火)
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なるべくエアコンをつけずに過ごそうと思っていたのですが、ここ何日か、ものすごく暑いのでとうとうエアコンを入れることにしました。・・・なんとなく、負けた気がする。
で、暑い時期になると窓を開ける人も多いと思うのですが、子沢山で特に子どもが小さい家庭のお母さんが、周りにかなり気を使っていることが多いようです。私も子どもが2歳くらいの時は、子育てに関する悩み以上に、周りに対して使う神経のほうで疲れていました。
たいていの場合、「子どもの声がうるさいっ!」「足音に気をつけてください!」「ここは集合住宅なんですよ!」「赤ちゃんの泣き声に悩まされていますっ!」と声高に叫ぶのは子どものいない家庭で、そこの奥さんが専業主婦とかだったらそれはもう最強。どうせ昼間はヒマで
パッチワークくらいしかすることがないので音にも敏感になっているんだろね。
「最近の親は常識がない」と、
あたかも自分が常識人のような発言をしている人がいますけど、私が知る限りではほとんどのお母さん達が周りに気をつけて生活をしていますよ。でもたぶん、自分が子どもを育てた経験がないからよく分からないんだろうね。というか、実際に自分が子どもを産むまでがそうだったので、きっと子どもがいない人もそうなんだろうという想像がつく。そして子どもを産み育てて初めて分かることが山ほどある。
とはいえ、「子どもがいない人にはわからないと思いますよ」という発言は、なんとなく差別っぽいので実際には言わないけど、でも、実際分からないでしょ、というか、知らないでしょ、客観的に考えて。
子どもの声や足音がうるさいという問題。
確かに子どもの声ってすごいことが多い。ちょっと嬉しかっただけで「ヤッターーッッ!」って飛び跳ねて大騒ぎする。これ、どうやって禁止させるの?逆に教えてほしいわ。
足音なんかは特にヨチヨチ歩きを始めた頃から3歳くらいかな、歩き方に特徴があって、かかとから降ろすような歩き方をするんですよ。これを昼間にもさせるなっていうのはどうなの?歩くなって言っているのに等しいんだけど。椅子にでもくくりつけとけということか?確かに、夜になってもずっと走らせているのはどうかと思うけどね。この場合は親がだらしがない。
深夜になっても大騒ぎしているような小学生とか、それは親が悪い。小学生くらいになったら聞き分けもできてくるし、ベッドから何度も飛び降りるとかやっているようなクソガキ・・・おっと失礼、もうちょっと上品に書くことにします、
おクソガキには厳しく言ってきかせればいい。
だけど公園で遊んでいる子どもの声がうるさいっていうのは、アホかと言いたい。
寝言は寝てから言え。 また、常識人っぽく「子どもがいる人が集合住宅に住むのは常識がない」というのが上手な人。
あんたが集合住宅から出て行けば良い。というか一軒家でも、全く子どもの影を潜めることなんて無理でしょ。ただでさえ子どもに銭がかかるのに、さらに住宅にも銭を出せって言ってるよね。単に「住むだけ」のことに、子持ちのほうが遠慮しなければならないことはない。
よく、「親が躾けをしていない」と言うのがあるけど、
今、躾けをしている真っ只中なんですけど。生まれて間も無くいきなり躾けをされた状態ってことはないでしょ?たぶん、子どもを育てたことがない人は、ここらへんに気が付かないんだろうと思う。
「私は子どもはいらないんです〜。今を楽しんでるけど、貯金もしてるし老後のこともちゃぁ〜んと考えてます〜」って
ワイン専用部屋を作ったりのロハスな生活を楽しみつつ、貯金もガッボリ溜め込んでいる人、勿論そういうスタイルを持つのは自由なんだけど、その一方で子どもに労力も精神面もお金もかけて頑張って育てている家庭に対して文句を言っているとしたら。
将来的にヨボヨボのおじんとおばんになってから要介護認定をもらい、あんたたちの
オムツを替えてくれるのは誰だ? 他人様がそうやって育ててきた子ども達だということです。
written by ともこ 2008/07/06(日)
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我が家では息子にピアノを習わせているのですが、先生のお宅でレッスンして頂く個人教室に通っています。
先生のお宅は高級住宅が立ち並ぶ閑静な住宅地にある邸宅で、その近くまで来ると、貸し駐車場には高級外車が並んでおり、順番に見ても、左からビーエム、ビーエム、ベンツ、ベンツ、フォルクスワーゲン、なんか知らんけどたぶん外車・・・という具合です。小回のきくセカンドカーなんかも外車の右ハンドル仕様だったり、この辺りに住んでおられる方たちは、
外車を持っているといっても中古一台買うのにいっぱいいっぱいで、こまっしゃくれているだけの若者とはぜんぜん違います。
先生のお宅に入ると、海外で買ってきたと思しき繊細な造りの美術品が飾ってあり、織の細かいシルクの絨毯、履き心地の良いスリッパが揃い、教室用のお部屋にはグランドピアノが三台、付き添いの親が座るためのソファーはレザー製、冬にはムートンの
お座布団(「お」をつけてみた)がふかふか、綺麗な瓶に入れられたポプリのほのかな香りとともに、せいぜい気張っても
イミテーションセレブの私は、本物セレブでいらっしゃる先生のお宅にいるだけで、とても贅沢な気分になります。
お宅が素敵なだけではなく、その先生がとても素敵な方で、シックで上品な光沢のあるワンピース、柔らかでゆったりとしたボレロを羽織り、立ち居振る舞いはとても優雅で、レッスンが始まると優しく、時には厳しく、子どもの個性に合わせ、とても熱心に教えてくださいます。プロというのはホント、魔法使いみたいだなぁと思うのですが、先生がちょっと何か言うだけで、今までできなかったことがすぐにできたり、同じ曲を弾いていても、全く曲の表情が変わったりと、いや、もう、すごいですよね。ピアノに限らず習い事はみんなそうだと思いますが。
ピアノの発表会の前なんかでも、「レッスン日以外にも弾きにいらっしゃい」と、プラスアルファで教えてくださり、曲選びの時には子どもが弾きたがった曲の楽譜をわざわざ探し、しかもその楽譜のままでは子どもには難しいので弾けるようにわざわざ編曲までしてくださいました。その曲はもともとピアノ曲ではなかったので、売られてる楽譜では数が少なく、探すのも大変だったと思います。
息子は初め、ピアノを嫌がっていたんですよ。私は、子どもが嫌々、納得せずに「やらさせれている」のでは意味がないと思っていまして、でもこれから成長していくうえで、「嫌なことだけど、我慢してやってみる」というふうに前向きに考えられるようになればなぁと思っていました。ここらへんは、すごく難しいと思うんですよ。厳しくしすぎて、大きくなったときにピアノでなんかトラウマみたいなのが残ったとしたら大変だし。
随分前のテレビで、イチロー選手が、ある野球少年の「野球で強くなるにはどうすればいいですか」という質問で「宿題をちゃんとやろうね」と言っていました。どういうことかと言うと「人から『やれ』と言われて、やる力、やれる力をつけることが大切なんだよ。嫌なことでもやれる力を今からつけることが大事。嫌な宿題でもちゃんとやれる力をつけなきゃだめだ」というようなことを言っていまして、私はもう、目からウロコでしたね。ちなみに、イチロー選手は、
私の男性のタイプではありませんが。
そんな嫌がっていた息子に対し、先生は「ピアノに限らず、『習う』ということはこういうことなんですよ」と本当に根気よく話してくださいました。子どもも少しずつ頑張るようになり・・・それも「やらされている」というよりも「嫌だけど、がんばってみる」というふうになってきて、発表会の前も親に言われなくても自分からすすんで練習をするようになり、ああ、この先生に習っていて本当によかったと思いました。
感謝せずにはいられませんし、気持ちだけですがお礼をお渡ししようと思いましたが、「私はやれることをしただけなのよ。そんな気遣いはいいんですよ。」と頑なに拒否されるんですよ。でも、それでは私自身が納得しないので、「ほんの気持ちだけですから」と半ば強引に受け取っていただいたのですが。
発表会の後も、「次はこの曲を練習する」と自分から言うようになったり、作曲したり、CDを聞いたり、他の楽器にも興味を持ったり、ピアノだけではなく、音楽のことが好きになっていっているようです。まあ、ピアノの練習自体はまだまだ面倒なようですけどね。
あー、あと、これはちょっと余計なことだけど、
やっぱ金持ちは余裕があるよね。
もうね、「余裕」の度合いが違うんですよ。普段のレッスンの時間だって、いちおう決まっている時間があっても、いつもそれ以上にしてくださるのですが、やらしい話、ピアノだけで生計を立てている人とかだったら、5分でも細かく区切って、宣伝なんかもけっこうしていると思うんですけど、この先生の場合はご主人がやっぱすごい稼いでいて、どちらかといえば「趣味」で教えているようなもんです。ピアノの先生の収入なんて、(想像だけど)たいしたことないうえに、音楽ってお金がかかるじゃないですか。楽譜も必要だし、楽器のメンテナンスにだって費用がかかりますしね。この先生は「音楽の勉強のため」ということで海外に行ったり、学校で勉強したり、ピアノの先生で得た収入は全て音楽のためにあててるって感じ。
やっぱ金持ちには余裕があるから良い人が多いです
・・・って今日の記事は別にこれを言いたかったわけではないんですけどね。あれ?
written by ともこ 2008/06/01(日)
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ちょっと暖かくなってきて、朝のニュースで「桜の開花予想」をやっていましたが、それと同時に、時を図ったかのように、飾ってあった「桃の花」が全て枯れてしまいました。これで役目は終わったのだと、処分するのに枝を短めに切りながら、ああ、そういえばと思い出しまして。
去年の今頃、夫に用事を頼まれまして、息子と一緒に少し遠出をすることになりました。帰りに子どもが「あのボートに乗りたい」というので、えー、でもお金かかるしー、いつもお父さんと一緒に乗ってるんだからいいじゃーんってちょっと思ったけど、そういえば、私は息子と二人でここの池のボートに乗ったことがなかったなぁと思い、じゃあ乗ろうということになりました。
幼稚園でも委員をしていたのでその仕事をしたり、普段できなかった家事を片付けるのに、いつも休日には子どもを連れ出してもらっていて、だって部屋の隅々まで掃除しようと思ったら、誰もいない部屋でするほうがやりやすいもん、それから、誰もいない部屋でこうやってパソコンを眺めたり、お茶を飲んだりとかそんなこともしたいもん。そんなふうに私が「一人でいる時間」を満喫している間、息子はよく、ここの池のボートに夫と一緒に乗っていたりしてたらしい。
ボートのチケットを買う前に、「いつもここの自動販売機でジュースを買ってから乗るんだ」というので、えー、自動販売機なんてもったいない、ボートに乗る間くらいガマンして家に帰ってから麦茶を飲めばいいじゃーんって思ったけど、今日はいいか、と思いなおして、500mlのペットボトルを一本だけ買った。
そのボートは足元にペダルがついていて、自転車を運転するときのように足でペダルを踏んで漕いでいく。普通に漕いで戻れる時間「30分以内で帰って来てください」と係員が言い、けっこう距離があるのね、30分も漕いでいたら足が疲れそう、交代で漕ごうと話すと「いつもお父さんとそうしているよ」と言ったので、ああ、私よりも息子のほうがこのボートには詳しいよねってやっと気が付いた。
少し漕ぎ進めると、いつもは外からしか見ていない池辺の淵には、藻と水草が絡まっているところへ白いあぶくがボツボツと寄ってきて、一つの集合体となり、その集合体がそれぞれの模様をなし、いくつもに点在している。その間を水鳥が泳ぐと藻ととあぶくは散り、また別の水草にくっついて、水鳥が泳ぐたびに水面の表情を変えていく。
池の上から池を眺め、水面から数十センチくらいは透けているかな、緑色の水中を泳ぐ魚達を邪魔しながらボートを漕ぎ、さっき買ったジュースを飲んでいる息子に「お母さんもちょっとちょうだい」「いいよ。後でボクも飲むからね。」「全部飲まないよ」「交代で飲もうね」「漕いでいると喉が渇くね」なんていう会話をしながら、これってなんか、デートじゃーん、もしかして、すごい、こういうの、たのしいって思って、今わたし、たぶん、「時間を感じている」んじゃない?なんて、わー、かっちょいい〜、ハズイよ〜って思って、案外、風が吹いてきたね、お帽子を飛ばされないようにしなさいよ・・・なんて言ったらデートじゃなくなるよねと思っていた。
私は「子どもと一緒にいる時間」が決して少ないわけではなく、いや、多い、でも、幼稚園への送り迎え、お稽古事の付き添い、公園で遊ばしたり、一緒に食事をするときにさえ、一緒にいる時間は多分、自分の中では「仕事」の一部になっていたのだと思う。
それからほんの数十メートルを歩くだけでも、車が気やしないか、タバコをもって歩いてる人は無神経だと思う、自転車ってスピード出してて怖いよね、ぶつけられたことあるけど、あの時子どもじゃなくて私でよかった、それより早くいかなきゃ間に合わない、これが終わったら家に帰って食事を作って、食べたらいっぱいこぼすから床を拭いて、いやいやそれよりまだお風呂洗ってなかった、ああ明日は予防接種に連れて行く日だ、えーっとえっとその次の日は・・と次のこと次のことを先に先にと考えながらやっているもんだから。
でも、いいや、今こうやって、ほら、息子が「あの辺りになったら曲がるんだよ。一周は30分だから、30分以内に戻らなきゃいけないから」「あまり端っこのほうにいったらボートがぶつかるから、もうちょっと右のほうだよ」と、この池のボートに初めて乗るお母さんに、得意げに、話してる。
今日は「デート」だから。
written by ともこ 2008/03/06(木)
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