今日は私の体調が悪いので、子どものお稽古事がある日なのですが、初めて一人で行かせています。そんなに遠いところではないのですが、ものすごく心配です。
世の中には、私立の小学校に通ってる子どもさんとか、電車で一人で通っているのだから、うちの子もこの距離くらい一人で通える年齢なのだけど、悪い人に電車のホームに突き落とされたら・・・とか、車にひきづり込まれたら・・・とか考えて心配してしまいます。
こんなことなら無理をしてでも付いていけば良かったかなとか。いやいや、でもちゃんと一人で歩けるように訓練するには良い機会だとも思うし・・・。
子どもの自立も大事だけど、命のほうが心配になってしまうんですよ。過保護といわれてもいいです。
今は、そんな不安な気持ちを紛らわせようと、文章を書いてみることにしました。
そうそう、最近、「専業主婦の多くは『機会があれば働きたい』と思っている」という統計を見ました。
私だったら、そうだなぁ、こういうお稽古事の付き添いとか、学校で開かれる保護者会や参観とかはできるだけ全部出席して先生のお話を聞いたり学校の様子を知りたいし、保護者と学校(先生方)とのコミュニケーションを円滑にするのに重要な役割を担っているPTAのことも積極的に参加したい(リーダーは責任とかしんどいから、もうヤだけどーっ)。少しでも「人の目」で犯罪とかの抑止力になるんだったら、学校で募集している交通安全だったり校内を見回るボランティアも時々参加したいとも思う。
お留守番はできるだけさせたくない。家に子どもだけにいる時に、例えば地震や火事(自分の家で発生しなくても、近所で火災が発生した場合も)などの災害の時や、強盗や空き巣などの犯罪者による被害、家の中で何かあったとき(ヤケドや怪我)があったときに、すぐにかけつけられないのはイヤです。
少し前に、お母さんが働いている間、8歳の子どもが一番上で3人の子どもたちだけで留守番しているときに火事になり、逃げることが出来なくて三人とも亡くなった事故がありました。こんなふうに、誰か大人がいれば防ぐことができたかも知れない事故もあるんですよね。
こういうことって、あんまり皆、考えないでしょ。
少子化とか母親が働きやすいように、とか考えるときに、子育てサポート制度とか、児童手当みたいな「はした金」を出せばいいとか、ああそうだ、うちは
ダンナの給料がいいから児童手当はもらえてないんだった、まあ5000円程度もらったってお稽古事の一か月分の月謝にもならないけど、あー、話がそれましたけど、ミテクレで制度化してかっこよさそうなのとか、分かりやすいことをすれば良いと思っているかもしれなけれども、実際には効果がないのは、こういうことを言うんですよ。
学校やお稽古事のような子どもにかかわることをやれて、子どもの安全を守りきれて、なおかつ、職場の人達にも迷惑をかけることなく働くことができるなら、
そんなの、時給800円でも、いや、500円でもいいよ、働けるならお小遣い稼ぎの一つくらいしてみたいと思うけどけど、そんなの無理でしょ。
だから、私はもう少し専業主婦生活を続けたいと思います。
でも、何もしないで過ごすのは勿体無いと思うので、「生活力」をつけることができたらなぁと思いながら過ごしています。現金収入がなくても、屋根さえあれば自給自足で生活できるくらいになったらいいよね。まあ、そこまでは実際無理だけど。料理は自分で作れるのは当たり前だけど、服は買わないでも作れるように、野菜も家で育てられるように、とか、そこまでいけたらすごいよね〜。で、それだけじゃおもしろくないから、家の中のインテリアなんかは、例えばランチョンマットやティッシュケース、クッションくらいは自分で作って、とか・・・。学校の教科で言えば「生活科」を勉強しているつもり。
まとまってないけど、今日はこのまま記事をアップしたいと思います。
written by ともこ 2008/09/04(木)
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その福祉施設は重度の知的障害者がいる施設で、遠足などで外に出なければならないときの付き添いが必要なときに、ボランティアを使っていた。私は学生のときに、そこへよくお手伝いに行っていた。
利用者の年齢は皆18才以上で成人している人も多く、中には50代の人もいたが、知能レベルは一番高い人でも5才程度だという。
私がその日に付き添うことになった女性は19才で、利用者の中でも最も知能レベルが低く0才程度、「最近、やっと親の判別がつくようになったんですよ」と職員が言う。1人で歩くこともできないので車椅子に乗っていて、バスの中では寝ているのか起きているのかよく分からないような表情、目も常にうつろで口は半開き、時々手のひらを目の前にかざしてそれに興味があるのかそれとも本能のままに動いているのか、自分の指や、指と指の間にある空間をゆっくりと眺めているようだった。
バスの中では私は彼女の隣の席に座っていたが、「この人は、よく性器を触りますので、ズボンの中に手を入れるようだったら抜いてあげてください」という説明があったとおり、本当にすぐに手をズボンの中に入れる。介助をしやすいようにだろうか、ウエスト部分は総ゴムのズボンだったので、手も入れやすいのだろう、初めのほうは私も「手を出しましょうね」と声をかけながら、なるべく優しい声でと気にしながら、彼女の手を外に出すことをしていたが、その声をかけることも次第に面倒になってきて、段々と事務的にするようになった。
遠足といっても、他の利用者はまだ分かっていて、楽しそうだったり、自分の思うようにいかなかったら奇声を発していたり、周りがどんなふうであっても自閉症ならではの行動をとっている人がいたり、それぞれがそれなりにその遠足に参加しているようだったが、彼女は多分、自分がどういうところに連れられて、周りがどんなことをしているのかはわかっていない。ただ同じクラスだから一緒にバスに乗せられて、外を歩くときは車椅子に乗せられて、職員の人達は声かけをしていても、それも多分よく分かっていないのだろう。
知能は赤ちゃんと同じでも体のほうはそれなりに成長しているので生理なんかもあって、その日はたまたま生理の日だったから、女性職員がトイレでナプキンの交換をしていた。
女性の場合は体が成熟してもそんなもので済むが、男性の場合はいろいろと厄介なこともある。この日とはまた別の話だが、まだ私も若かったこともあって、動きやすい格好だと思ったショート丈のパンツを履いてある施設に行ったことがあった。足を無防備に露出していたのが迂闊(うかつ)だったのだが、体の大きな男性知的障害者に突然、膝の上に乗られたことがある。その時はすぐに職員が止めて注意していたが、こんなところでも男っていうのは、男であるがゆえ存在そのものが凶器で、精子を発するほかは全て無能だと思った。
バスの中でジッとしているとすぐに性器を触る彼女だったが、多分、これは人間の本能の部分がむき出しになっていて、そういえば、死んだ父も最後の最期には鎮痛剤で使っていたモルヒネの影響からか、意識が朦朧(もうろう)としていて、支離滅裂なことばかり言いながらすぐにペニスを触っていた。
汚いとか恥ずかしいとかみっともないとか、そんな理性的な部分を全て排除してしまったら、人間というのは性器しか残らないのかもしれない。恋愛ドラマが流行ったり、今日の運勢を気にしてみたり、恋愛成就の神様にすがったり、毎朝、鏡で自分の姿をチェックしているのは、自分についてる性器をうまく使うための行動で、理性というのは本能の部分をむき出しにさせないがための単なるカモフラージュなだけで、あらゆる全てのことは、性器を中心に動いているだけなんだ。
今日も明日もあさっても、死ぬまでずっとセックスセックス、オナニーオナニー。性器を触りながら死ぬときが来るまで。
written by ともこ 2007/11/28(水)
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色んなことが気がかりで、時間はたっぷりあるのに何もする気が起きない時というのがあって、そんな時は、今日はまだ花瓶の水を変えてなくて少し水が濁っていても明日の朝にすればいいや、とか、ペディキュアが少し剥がれかけてきて気になるけれども塗りなおすのは明日にしよう、とか、こういう感情を文章にできる私はブロガーでよかったと思う。
数時間前にはきっと花火の上がる音が聞こえて、ここからは見えないけれども音だけは聞こえるねと話したり、花火大会の会場付近は沢山の人で混雑しているんだろうけれども、少し離れるといつもと変わらない日常生活が何かヒッソリと感じられたり、そんな様子は私のところからは感じることはできないけれども、あの人のところからは感じられたのかもしれないなと考える。
閉め切った部屋のエアコンの音を、頭の中でそよ風の音に変換したいと思うんだけれど、それは無理なんだ。前頭葉に集結されたモヤモヤどころかギシギシとした感情を、せめて後頭部まで分散させることができればいいのだけれども。
花火の大爆音で昇華させることができたら、幾分か軽くなるだろうか。
それならば、私が打ち上げてみせるから、君に届け、夏の花火。
written by ともこ 2007/08/02(木)
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母から「もう、お父さんあかんと思うから」という連絡の電話をおいてすぐに、実家との距離は離れているから何日かは泊まれるように何枚かの着替えや、幼い子どもも一緒だから新幹線で飽きさせないように手近にあったオモチャやおむつ、お金も必要だからとりあえず家においてある現金を鷲づかみにして財布に入れ、焦っているはずなのに冷静に必要なものを次々とバッグに放り込んでいた。まだ生きているのに黒い喪服を詰める時は辛かった。そして変なシワがつかないように一番上に入れることにした。
父の死因は肺がんだった。タバコは昔からずっと吸っていたし、「お父さん、タバコやめてよ」とよく言っていたが「好きなことをして死ぬんやったら本望や」と言っていたし、別にタバコが原因で死んだところでそれを辞めてもらいたかったとかそういうことではなくて、ただ部屋が黄ばんだり私の服がヤニ臭くなるのはイヤだったから離れて吸ってもらいたかったということはあったけれども、タバコが父の寿命を縮めたとしてもそれは本人も納得していることで、好きなだけタバコが吸えたのは良かったんじゃないかと思う。
そういえばこの間、皇居の近くを私と夫、子どもの三人仲良くどこからみても幸せな家族、子どもはスキップしているし、「ほら白鳥がいるね」と皇居のお堀には白鳥がいるんだ、これは飼っているんじゃなくて自然にいるのかなと話しながら散策していると、前方から老人・・・ホームレスの老人が、腰が「くの字」どころか直角に折れ曲がっているから禿げた頭に少しの白髪が丸見えで、片手には紙袋を持っていて何が入っているのだろうか、傘が少し見えるな、もう片手にも取っ手の部分が随分と傷んでいる重そうな紙袋をぶら下げてこちらへ向かって歩いてくる。
子どもが無邪気に勢い余って走ってその老人にぶつかって欲しくないから「もっとこちらへ来なさい」と注意して、老人との距離をできるだけ開けるようにし、すれ違い座間にこの老人はどこから拾ってきた服を着ているのだろう、泥と埃、垢でテカった薄いジャンパーと丈が短く擦り切れた綿のズボンを履いている、私は最近買ったばかりの分厚いダウンジャケットを着ているけれどもすごく寒い、老人はきっともっと寒いに違いないけれども寒そうにしていないのは、もう慣れてしまっているのか、寒さを感じるほどの感覚を無くしてしまったのかは分からないけれども少なくとも暖かくはないだろうと思いながら、視線に気づかれないようにチラっと見るだけにしておいた。
今日は寒いから夕方あたりになって新聞紙に包まったとしても寒いだろうし、晩御飯はどこかのレストランの裏にあるゴミ箱から残飯をあさって食べることができるのだろうか、それとも今日あたり寿命と空腹、寒さで死んでしまうかもしれないなと思うのは不謹慎なんだろうけれども、どちらにしてもいつかは必ずやってくる老人の最期は、私の父のように清潔なベッドの上で家族や兄弟に見守られて死ぬのではなくて、空腹と寒さに見舞われて自分が作ったブルーシートの家の中か、それとも橋の下で一人っきりで死んで、第一発見者はボランティアの川の清掃の人達かホームレスの仲間か、その他に誰かいるだろうか、そんな死に方を想像するのだが、いかにも「不幸な死に方」な絵に写るけれども、本人が例えばホームレスは税金を払わなくてもいいし、家族を養わなくてもいいし、新聞の勧誘の人を追い払わなくてもいいし、年末には年越し蕎麦の炊き出しをしてもらったり、お宅の息子さんの進学先はと根掘り葉掘り聞かれない、家のローンはあと何年だ、通勤ラッシュの混雑はどうにかならないのか、今日の会議資料のコピーがまだだ、能無し上司の下で働くのに苦労するサラリーマンよりずっと気楽で、雪の日とか台風の時にはブルーシートでは心もとないけれども、ホームレスっていうのは案外心地よいと思っているかもしれないわけで、死んだ後も無縁仏のところに葬られて墓を継ぐ人の心配もしなくていいし、ホームレスゆえの死に方なんだったらそれがたとえ野垂れ死にであっても、周りが思うほど「不幸な死に方」ではないのかもしれないなと、老人とすれ違うときに夏よりはましだと思うけども悪臭が漂ってきては嫌だと思って息を止めながら足早に通り過ぎた後に振り返ることはせず、私は子どもの手を引きながらそんなことを考えていた。
written by ともこ 2006/12/09(土)
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